DREAM MAN

理想の自分を目指して・・・

【体験談】借金あり頭金ゼロで住宅ローンが組めた理由

time 2017/02/25

私は2012年3月に、渋谷松濤の中古マンションを3,860万の35年ローンで購入した。

頭金はゼロ。それどころか借金が200万以上あった。

年収は500万をちょっと超える程度だった。

 

「そんなのありえない」

とよく言われるが事実である。

当時は◯◯剤中毒でもあった私が、借金まみれにも関わらず、どうして住宅ローンを組むことができたのか。

ここに正真正銘の嘘偽りのないリアルな体験談を記す。

 

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購入前の状況

2009年末に、私は仕事の関係で新横浜から池尻大橋に移り住んだ。

住まいは大橋JCT近くの築35年のマンションの8階で、家賃はたしか管理費込みで68,000円位だった。

会社は渋谷の神泉にあるWEB制作会社で、私はディレクター業務を担当していた。

非常に重要なポジションで、結果を出していた私は皆から一目置かれる存在だった。

 

その頃私は日常的に◯◯剤を嗜んでいた。

それによって得られる半端ない集中力とその反動からくる落ち込みを繰り返す、正にジェットコースターのような毎日を送っていた。

頭のキレがものをいうディレクター業務においては、アレがかなり効いた。

いろんなアイデアが次から次へと湧いてきて、できる男を演じていた。

 

一方で何日間も寝ない生活が続いた結果、呂律が回らなかったり、何時間も寝坊したりで、周りからは仕事のやり過ぎではないかと心配がられてもいた。

私はそれに便乗した。仕事の頑張り過ぎでちょっと疲れ気味だと・・・

おそらく勘のいい人なら実態に気づいていたかもしれない。

 

いずれにせよ、あの頃は本当に楽しかった。

仕事から帰って、キメ直した後に没頭したPerfume動画やアダルトビデオから得られた快感は、一生忘れことのない良い思い出である。

当時も今も罪悪感は全くなく、人生において必要な経験だったと思っている。

何より誰にも迷惑をかけていないのだ。

迷惑をかけるという点では酒のほうがよっぽど悪質ではないか。

 

ただ、そんな私もアレをやめるときがきた。

きっかけは2011年3月の大震災だった。

壁一面の本棚が崩れてカオス状態になっていたワンルームの部屋で、何日も寝ていない体にパイプで炙った煙を注入しながら一人で津波の映像を見ていたら、なんか虚しくなってきた。

「俺は何をやってるんだ・・・」と

 

心の変化

春から心機一転、心を入れ替えて生活を立て直すことにした。

丸一年以上裏の世界で生活をしていたので、普通の生活がとても新鮮に感じられた。

感情も安定してきて、自然な快活さが体の内側から溢れ出てきた。

規則正しい生活が送れるようになり、食事が美味しく感じられた。

何にも頼らない当たり前の日常が幸せだと思えた。

 

そんなある日、私は運命的な本に出会う。

「ザ・シークレット」

いわゆる引き寄せの法則を世に知らしめた本だが、

私はこの本の内容の本質に気づいた時、目から鱗が落ちた。

 

引き寄せの法則とは私の理解では以下の通りである。

・感情に応じた現象が引き起こされるという物理法則である。

・重力の法則と同様に、この世の中において絶対的に働く法則である。

・良い感情を持っていれば良いことが起こり、悪い感情を持っていれば悪いことが起こる、という法則である。

・道徳上の善悪は全く関係がない。

・例えばどんな悪人でも本人が良い感情を抱いていれば良いことが起こるし、その逆も然り。

 

過去を振り返ると、すべてがシックリいった。

無駄に真面目だった私は、要領が悪く、人生においてうまくいかないことが多かった。その一方で、ずる賢くて要領良く立ち回り、人生をうまく切り抜けていく人たちがいた。

「世の中おかしい」と私は不平不満で一杯だったが、それがいけなかった。

私は悪い感情を抱いていて、彼らは良い感情を抱いていた。

それだけのことだったのだ。世の中は非常にシンプルである。

 

だから私も良い感情を心がけようと誓った。

元◯◯◯中毒だろうが、借金が200万以上あろうが、良い感情でいられれば人生は自然とうまく行く。

 

そのようにマインドセットを入れ替えた私は、常に今現在の感情を意識しながら生活をした。

何か嫌なことがあっても、悪い波動だけは出さないように意識した。

それが癖になると、後は自然と波動の質が良くなっていった。

 

マンション買いたいと初めて思った日

とある週末、朝刊の折込チラシを見ていたら、歩いて10分程の場所にある中目黒の中古マンションで内覧会があることを知った。

その時生まれて初めて「マンションを買いたい」と思った。

が、その時点で借金が200万以上あったため、住宅ローンを組むことは到底無理だと思った。

 

「とりあえず散歩がてら見に行こう」

という軽い気持で、夕方に山手通りを中目黒方面まで歩いた。

現場に着いた時には既に内覧会は終わっていた。

元々外観だけチェックしたかったので、マンションの表と裏を軽く見るだけで帰宅の途に着いた。

「いいなぁ。俺もいつか買いたいなぁ・・・」

その後は特に執着することはなく、マンションのことは忘れた。

 

営業マンとの運命的出会い

それから3ヶ月後の11月に急展開があった。

ある夜、仕事を終えて自宅マンションに戻り、自分の住んでいる階でエレベーターを降りた時、私の部屋の前に20代前半くらいの男が立っていることに気づいた。

スーツに着られている印象の、垢抜けない如何にも社会人1年目といった風の営業マンだった。

 

私と目が合うなり彼は話しかけてきた。

「こちらのお部屋に住んでいる方でしょうか?」

「はぁ」

「私◯◯◯のMと申しますが・・・」

と名刺を渡され

「マンションの購入に興味はございませんか?」

と言われた瞬間、ビビッときた。

 

松濤にあるタワーマンションの営業をしているという。

今度の週末にでも見学に来ませんか、と誘われ即座に

「行ってみたいですね」

と答えた。

早速、次の土曜日の夜にマンションを見に行く約束をし、場所が記載されたパンフレットをもらう。

内容を確認すると、思った以上にハイグレードな物件なので逆にテンションが下がった。

俺がこれを買うのは無理だろ・・・と。

 

帰り際、Mさんは私に質問を投げかけた。

「よろしければご年収を教えて頂けますか?」

500万ちょっとです。と答えると、

彼はホッとした面持ちで

「それでは今週の土曜日の19時にお待ちしています」

と笑顔で去っていった。

 

どうも土俵には上がれるらしい、と分かり私は嬉しかったが、

この時点ではほぼ社会勉強のつもりでいた。

マンションを買うにはどのような流れをふむ必要があるのか、話だけでも聞きたいと思った。

 

結局はこの3ヶ月後に買うことができたわけだが、今思えば本当に運が良かったとしか言いようがない。

あのタイミングで帰宅しなかったら、Mさんとつながることはなかったはずである。

もう少し早く帰っていたら、その後チャイムを鳴らされても間違いなく居留守を使って出なかった。

あのタイミングしかなかった。

正に引き寄せたのだ。

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マンション内覧

その週の土曜日の19時にマンションへ足を運んだ。池尻大橋の自宅から歩いて10分程の場所だった。

 

松濤のタワーマンションというよりは、松濤を見下ろすタワーマンションだった。

スマートでありながら重厚な造りの、間違いなくハイグレード物件だった。

「超買いたい・・・」

単なる社会勉強で終わらすには惜しい。

 

玄関でMさんが出迎えてくれた。

エントランスを入ると、私の好きな黒を基調とした内装に圧倒された。

エレベーターの前まで行くと、Mさんは手に持っていた鍵をエレベーターのスイッチ近くの丸い出っ張りにあてた。エレベーターに乗るのにも鍵が必要らしい。

エレベーターに乗るとその重厚さに言葉を失った。

「このマンションにはUさんとSさんが住んでいるんです。Sさんとはこないだエレベーターの中で一緒になりました」

とMさんが言った。

前者は超有名女優、後者は準有名女優だった。

確かに渋谷周辺では芸能人をよく見かけると聞くが、まさかこんなところに二人も住んでいるとは。

Mさんの狙い通り、私のテンションは上がってきた。

 

4階で降りると、エレベーターの外にはホテルの床のように絨毯がしかれていた。

部屋は4つあり、そのうちの一つに案内された。

間取りは1DKで、部屋の中には誰もいなかった。

「間もなく担当者が参りますので、少々お待ちください」

Mさんは部屋を出ていき、私はダイニングテーブルに腰掛けた。

テーブルの上には、住宅ローンの返済プランに関する案内が置かれていた。

 

天井にスピーカーでもあるのか、かすかに上の方からオルゴールの音楽が流れていた。

見知らぬ部屋で一人きり・・・。この雰囲気が何となく心地よかった。

なんで私は今ここにいるのだろう。

ここ数年本当にいろんなことがあり、ひたすら目の前のことだけに打ち込んできた。

そして気がついたら、ここにいた。

 

「この度はお越し頂きありがとうございます。◯◯◯のHと申します」

30歳前後とおぼしき男性が部屋に入ってきて自己紹介を受けた。

元高校球児だろうと思われる風貌。Mさんの上司だという。

 

この後テーブルに向かい合わせで座り、マンション購入へ向けたやりとりが始まったわけだが、

今となってはその後どういう流れで話が進んだかほとんど覚えていない。

Hさんに言われたことの中から何点か印象に残っていることだけ列挙すると、

・マンションを買うというのは一部の人間だけに認められた、野球界でいうFA権のようなものである。

・頭金がゼロでは住宅ローンの審査において印象が悪いので、3,960万から100万値引きして、この分を頭金として入れた体にする。

・借金があると住宅ローンの審査は通らない。一時的に資金を融通するので完済してほしい。融通した資金は住宅ローンの審査が通った後に、別のローンに組み替える。

・出身大学である慶応の卒業証書は審査で武器になるので、コピーを持ってきて欲しい。

・勤め先の資本金が300万しかなく、また帝国データバンクにもデータがないのが気になる。

・ホームページの更新が2年前で止まっているのもマイナスイメージ。

 

「まずは借金を完済して借入先から完済証明書をもらいましょう」

ということになり、まずは借金完済プロジェクトがスタートした。

完済証明書取得

当時、マルイから40万、JCBから80万、ニコスから110万借りていた。

まずマルイから返済することになった。

どういう経緯だったかHさんと渋谷109前で待ち合わせて、一緒に渋谷マルイまで返済に行ったのを憶えている。返済資金はHさんの会社が用立ててくれた。

次にJCBとニコスを返済するにあたり、ある日、Hさんの会社から190万が私の口座に振り込まれた。

それを各クレジット会社に分けて振り込んだ。

 

そしてついに、完済証明書を3つ手に入れた。

Hさんの会社から融通してもらった計230万は、住宅ローンが通った後に9%の金利で借り換えることになった。

正に裏技である。

 

都市銀行審査落ち

完済証明書を手に入れた後すぐに、

Hさんの会社が提携している「みずほ銀行」に住宅ローンの審査をかけることになった。

必要書類をそろえた後は、手続きのすべてをHさんが代行してくれた。

私は結果を待つのみとなり、一時的にまた平穏な生活に戻った。

とはいえやはり気になって、ネットで「住宅ローン 審査」とか検索して色々情報収集していた。

 

10日後くらいにHさんから連絡があった。

「みずほ銀行は駄目でした。次の手を打ちたいので今夜打ち合わせできますか?」

まぁそうなるだろうな・・・。心の準備はしていた。

Hさんにとっては想定の範囲内だったようで、全くめげていないようだった。

次の手とはなんだろう。もう無理じゃないのか?

私はもはや諦めていた。

 

可能性の追及

その日はいつもより早めに退社し、会社から徒歩5分程度の距離にあるマンションへ向かった。

「次なんですが、N県のD銀行の審査にかけてみたいと思っています」

初めて聞く名前だった。

審査基準が都市銀行より緩く、過去にHさんのお客さんで、都市銀行は駄目だったがD銀行で住宅ローンが組めた事例があったとのこと。

「ただ今回は◯◯さんに自分で、D銀行まで行ってもらわなくてはなりません。池袋に東京の支店があります」

急にハードルが上がった気がした。

それまでほとんどHさんの言うがままに動いていたのに、今度は自分の判断で動かなくてはならない。正直戸惑った。どうせ無駄骨に終わるからやめようよ・・・。

「一応事前に私から話を通しておきますので、なるべく早めに先方に連絡をしてください」

とHさんは言い、D銀行の連絡先と担当者の名前が書かれた書類を私に手渡した。

ほとんど諦めかけている私の様子を見て、

「あくまで可能性の追及ですから」

とHさんがポツリと言ったのを、今でも鮮明に憶えている。

 

地方銀行の審査にかける

2011年12月、私は平日に有給休暇をとり、池袋サンシャイン近くのビル内にあるD銀行の東京支店に赴いた。

事前に連絡していたので受付はスムーズだった。

すぐに応接室に通され、担当者の登場を待った。

 

間もなく、メガネをかけた30歳前後のキャリアウーマン風の女性が部屋に入ってきた。

身長が162cm位で引き締まったボディーラインにややきつめの顔。

非常に私好みの女性だった。

 

彼女から今後の審査の流れや借り入れ金利等について丁寧な説明を受けた。

審査の結果が分かるのは年明けになるとのことだった。

 

奇跡の審査通過

もうやらないはずだったアレが年末にまた手に入ってしまった。

震災以来7ヶ月ぶりのアレは最高に気持ちよく、年末年始は自宅に引きこもってエロい世界に没頭していた。

やがてアレがなくなると、また日常の生活に戻った。

 

D銀行に赴いてからもう2週間以上経っていたが、連絡はなかった。

2週間も連絡がないということは、おそらく駄目に違いない。ネットで調べてみたら私と同じ状況の人たちが、

「銀行に連絡してみるべきか?」

と落ち着かない気持をぶつけていた。

私はそれを読んで「連絡したところでどうなる?」と思った。

不安な気持を銀行にぶつけたところで、状況が変わるはずがない。

駄目なら駄目でしょうがない、とドッシリ構えることにした。

 

今回の審査も駄目だった場合、Hさんは次の手を用意していた。

現在の松濤の物件はあきらめ、赤坂にある少しグレードの落ちる物件でまた審査にかけようとしていた。

私はそれならそれで受け入れるつもりでいた。

 

もはや松濤は無理だとあきらめた頃に、D銀行のキャリアウーマンから電話がかかってきた。

 

引っ越し

2012年3月に、私は池尻大橋から松濤に引っ越しをした。

初めて営業のMさんと出会ってから3ヶ月以上経っていた。

あとでHさんから聞いたところによれば、Mさんは私をマンションに案内してから間もなく、会社を辞めたそうだ。

彼と出会わなかったら、私は一生マンションを買うことはなかっただろう。

彼には本当に感謝している。

 

山手通りに面した窓からNHK本社ビルを眺めながら、私は今後の人生について考えた。

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